錦糸町の歴史

はじまり

錦糸町界隈の歴史の始まりは定かになっていませんが、
平安・鎌倉時代にかけて葛西からなる海岸線に連なる中洲として、
小さな島が拡大して陸地となったと考えられています。
江戸時代初期には、現在のような陸地化され、
この辺りは葛飾郡本所村として歴史に登場してきます。

開拓期

江戸時代、徳川家が江戸に幕府を開き、江戸の町は発展していきましたが、
その頃はまだ湿地帯としてあまり開発が進んだ地域ではありませんでした。
契機になったのが、明暦3年(1657年)の明暦の大火です。
「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉がありますが、
それほど当時の江戸では火事が多く起きていましたが、
明暦の大火では江戸の大半が焼失する大火災となりました。
これを契機に、幕府は市内に火除け地を設け、
その代替案として隅田川以東の開発に着手しました。
その結果、埋め立て事業により新たな武家地として栄えていきます。

錦糸町の誕生

明治5年(1872年)、旧武家地、寺社地の合併後、
新規に町地となり「本所錦糸町」と称されるようになります。
これは、この辺りが「錦糸堀」と呼ばれていたことに由来すると言われています。
そもそもなぜ「錦糸堀」と呼ばれていたかについては諸説あるようで、
東西に通じる堀なので、朝日、夕日の照り映えの様子から言われたのではないか、
という説があるそうです。

現在の錦糸町へ

明治44年(1911年)
本所区内の町名改正により本所錦糸町から錦糸町となる。
昭和3年(1928年)
現在の錦糸町北口に、神田から製菓業者の大部分が
政府の要請により集団移転したことで発展しました。
この年、同時に錦糸公園が開園。
昭和5年(1930年)、昭和7年(1932年)
区画整理完了による町名変更で現在に近い町名へ変更。
昭和36年(1961年)、昭和42年(1967年)
住居表示実施により、北口の町名は錦糸町から、錦糸へ呼称変更。

主な出来事
明治22年総武鉄道㈱が、江東橋一丁目に設立
明治23年日本最初の車両工場(東京楽天地の前身)が錦糸町に設立
明治26年精工舎工場を設立
明治27年本所停車場 (現、錦糸町駅)の開設
昭和12年江東楽天地(現、東京楽天地)創業
昭和37年錦糸町駅ビル (テルミナ) 開館
昭和57年東京都により、錦糸町・亀戸副都心に指定される
昭和58年丸井錦糸町店 開業
平成14年アルカキット錦糸町 オープン
平成15年営団錦糸町駅(現、東京メトロ錦糸町駅)開業
平成18年オリナスモール 開業
平成24年東京スカイツリー 開業
令和元年PARCO錦糸町 オープン